ヒモ夫の日常

駄文、愚文

【感想・レビュー】『空白』 人間はどうしても自分の平穏を保とうとする。

『空白』

 

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kuhaku-movie.com

 

古田新太演じる漁師の頑固オヤジが一人娘を事故で失くしてしまう。娘が死んだ事実を受け入れられず、また娘と自分が向き合っていなかった現実を直視することが出来ずに自分や周囲に甘えていく映画でした。

 

詳しくは公式サイト等でよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

気持ちよく感動させてくれない

 

美しい冒頭の海と少女。漁船に乗る2人の男と空を飛ぶ鳥たち、音楽も心地よく私が幼いころよく見ていた風景に似ていることもあり、気持ちの良い冒頭シーンでした。

 

しかし清々しいのは初めだけ。船上のシーンからほとんどカメラは手ブレで微妙に揺れていて、事故でなくなってしまう少女はなにかに怯えているように心細く生活している。その演技と演出で一時も心が休まりませんでした。

 

そして無残な事故が起きる。事故関係者たちはその後も苦しいこと続きで、鑑賞中に映画館から逃げ出したくなるほどのリアルな苦しみが続きます。

 

今後もずっと苦しい展開が続き、ラストシーンで苦しみが解き放たれてカタルシスを得る映画なのだと思いきや、急に雰囲気が緩くなります。

 

 

漁師役でチャンス大城さんが出演するのです。もちろん彼の表情や演技の腕は理解していますが、マスコミに意見を聞かれて「わかりません……」と繰り返すあまり必要のない登場の仕方。

 

ここでかなり違和感を持ちました。「チャンスさん今は出てこなくていいよ! 今までの苦しい緊張と最後の緩和で気持ちよくなりたいから!」って思ったんですが、これはフィクションです。

 

あんまりにもリアルで演技がうまいので忘れかけていましたが、ここで没入しすぎると本質まで見失っちゃうよ!って事だと理解しました。

またこれがある種のギャグだとすると、今までの苦しくなってしまう言動などもギャグなのかもしれないと思うようになりましたし、案の定その後もちょっとしたズレを使ったギャグが要所にありました。

 

古田さんが下手くそな画を書いてみたり、居酒屋で関係ないお客さんにキレたり、パートのおばさんが暴走したり、娘の化粧品を深夜に捨てに行ったりとクスッと笑ってしまうようなシーンがそこそこあったんですよね。

 

全体的に重く暗い映画ですが、所々で、気づいたらギャグだなみたいシーンがありました。田舎の夜道にある街灯みたいなことです。

 

小休止入れるから、ちゃんと行き先までたどり着いてねみたいな。

 

なのでこの映画は単に苦しいものをみせて、そこから開放して気持ちよくなるための道具にされるのが嫌なんだなとおもいました。

 

描かれた人間たちがこの先どういう道を選択していくかしっかり観察しなければ辿り着けない何かがあるなと思って、簡単な映画じゃないなと思いましたね。

 

 

 

恒常性を求める生き物

 

学生時代に習った恒常性というものがありますね。人間などの生き物は外部の環境などに関わらず身体を一定の状態に保つ仕組みがあることを言います。

 

まさにこの映画の登場人物たちは自分自身を平穏に保つことだけを考えて生きていました。そして現実を生きる私達も、恒常であることを求めて生きているわけです。

 

主人公の古田新太は娘を失くした喪失感と自身の人間生活の下手さにひどく落ち込み、自分を保つために外部に攻撃をし続けました。

 

スーパーの店長は事件に巻き込まれてしまい、失った日常を取り戻すべく波風を立てないように務めました。

 

正義感の強い委員長タイプのおばさんは、これまで真面目に正しく生きてきたのに何故かぞんざいに扱われてきた不満を満たすために行動し続けました。

 

車で引いちゃった心の優しい女性は、今まですごく幸せに生きてきたのに誰かの命を奪うきっかけを作ってしまい、不幸への耐性不足で自身が楽になる選択をしました。

 

彼女の母親は、自分が誰よりも優しく大人で真人間な対応をすることによって娘を失った悲しみや、古田新太への恨みを緩和させ自分の尊厳を保ちます。

 

古田新太の奥さんは、元夫を責めたり今の家庭を大事にすることで、

死んだ少女の担任は、彼女にぶつけていた感情への罪悪感から理解者になろうとすることで、自分が損なわれるのを回避した。

 

みなそれぞれが自分の中にあるモヤモヤと折り合いをつけるために、自分の事を考えて行動していったんですね。そして等しく疲れていった。

 

私が1番気に入ったセリフはスーパーのおじちゃんが、正義感の強いおばちゃんに対して「すごいな~、俺なんか自分のことばっか考えてるよ~!」って言ったやつです。

その時このセリフが作品の軸だなと思ったんですよ。

 

みんな「空白」を埋めるためになにかし続けなければいけない。それが倫理的に悪いことであろうとなかろうと誰もがやっていることなんです。

 

その開いた空白を埋めていく作業を観察する映画がこの『空白』だと私は思います。