ヒモ夫の日常

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【映画レビュー】黒澤明『赤ひげ』 オーガニックばっか食べていたら危ない

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午前十時の映画祭で上映中の『赤ひげ』を見ました。

 

この企画午前十時なんて言いながら、普通に8時からやったりするので起きるのが大変です。

 

今回は黒澤明監督の特集週間ということで三船敏郎と作った最後の映画であるらしい赤ひげです。

 

映画を100見てレビューする生活をしていた時に、有名な古い邦画はそこそこ見ましたが、ハズレが無かったのが黒澤明監督でした。『七人の侍』『椿三十郎』『羅生門』を見ましたがどれも楽しんであっという間に見終えてしまった印象です。

 

一目見るまでは、偉人だとか巨匠だと言われている黒澤明監督にビビるというか、クロサワ好き、といえば映画通にでもなった気持ちになれるステータス映画なんだろ、なんて馬鹿なことを思っていましたが、百聞は一見に如かず。

 

すごく面白い作品達ばかりなんだろうなと思いました。今回の作品を見てもその思いは変わらず、さらに強まりました。

 

 

 

『赤ひげ』は三船敏郎演じる療養所の院長的な人物「赤ひげ」と、留学帰りのエリート新人医師である保本(加山雄三)の2人を中心に繰り広げられる、笑えて泣ける医療ドラマです。

 

映画館結構人いたんですが、みなさんの笑い声やすすり泣く声などに溢れてなんだか良い空間でした。医療モノは今でも大人気ですがその源流ともいえる映像作品なのではないでしょうか。

 

保本は名医からも推される期待の新人ですが、帰ってきて務めることになったのはとある貧民街にある小さな療養所でした。患者も先生も看護師たちもみなキレイとは言えない格好をし、清潔さのかけらもない場所です。毎日貧しい者たちが尋ねてきたり、急患で担ぎ込まれてきたりと大忙しですが、名誉もお金も十分ではありません。

 

そんなところにいきなり勤めることになった保本は不服な様子。そこを統べる医者が赤ひげです。口数は少なく、厳格な人ですが腕はたしかで周囲の患者や医療界隈では一目置かれる存在です。

 

ここまで説明すればあとは分かりますね?不器用な名医とプライドの高いエリートが、過酷な現場を通して、医者とはどんな存在であるのかを私達にみせてくれる的なあれですよ。

 

これが面白くないわけなかろう!

 

しかも劇中の時代では医療がまだ不完全なところが面白いんです。赤ひげのセリフでもありますが、なぜ人が病で倒れ死んでいくのか、それは「貧困と無知」のせいであるという世界観です。

 

治せる病気が圧倒的に少ないという技術の発展不足もありますが、自分の体を守るための財産や知識の涵養がなっていないことが1番の問題点だ、と赤ひげは言います。医療の前に教育や社会保障の整備をしないといけないということですね。

 

療養所に運び込まれてくる客はそのとおり、そのどちらかの欠如によって不幸な死を迎えることがほとんどです。そもそも医療がほぼ機能しないような過酷な現状でも誰かを治す、少しでも人助けをするために日夜奔走する赤ひげや保本などの療養所の面々の姿勢が健気で誠実で良いんですよ。ずるいこともしますが(笑)

 

脚本もさることながら、独特な長回しや演技演出の数々。ギャグなどどれも素晴らしかったです。

 

私は精神的な病を抱える女性が保本を誘惑し襲うシーンが大好きです。加山雄三の圧倒的イケメンフェイスもそうですが、男を色仕掛けで誘惑し殺してしまうという女性が、艶かしい表情で保本の部屋に侵入し扉をしめ、「私を助けてください……」と泣き始めるあのピリッとした雰囲気!!

 

加山雄三もはじめは警戒して、部屋の端端の距離感なんですが女の話が進むたびにどんどん距離が縮まるんですよ。それをずっと横からの引きの画で2人をとり、彼らが距離を縮めると同時にゆっくりとズームして行くんですが、まじで身動きがとれないほど緊迫感がありました。ワンカットであのエピソードを取るという凄まじさ。すごかったです。

 

んで映画を見ていくうちに、当たり前のことに気づくんですよ。今でこそ高尚なもののように捉えられる黒澤明の映画作品ですが、当時は大衆に向けた娯楽映画のド真ん中を行くようなポジションの映画だったわけです。

 

だから画角がとか脚本がとか細かいこと考えなくても楽しめるんです。マジで面白い。しかし今も昔も同じような楽しみ方ができる、ということの凄さは言わなくてもわかるかと思います。

 

エンタメ温室育ちの危うさ

わたしは毎回黒澤映画や昔の邦画を見るたびに衝撃を受けます。こんなシーン撮っていいのか!?とか表現が荒々しいけど大丈夫か?って思うんです。

 

そして大体そういうシーンに心を奪われていい映画だな~と思ってしまうんです。

 

それって本来あまり良くないですよね。これは自分が慣れていないものを見たからすごいって思ってしまうだけなんですよ。正当な評価ではないじゃないですか。

 

今回も赤ひげのストレートな死の表現や医療現場の荒さみたいなものに驚きつつも感激したんですけど、そういう大味なものを食べてないからなんですよ。いわばオーガニックなものばっか食ってる金持ちのガキが、ごつもりソース焼きそばを食って感動してるみたいなことです。

 

赤ひげのストレートなセリフや展開に感動してるのは、ほんとうにド直球すぎて逆に新鮮に感じるっていう部分も大きいんです。ベタだしあるあるなんだけど、あまりのストレートさに凄みを感じてしまうみたいな。

 

私は色がついてて、繊細で、あやふやで、優しくてみたいな邦画やドラマにしか触れる機会がなかった世代なので、昔の規制が緩くて大雑把だった時代の経験が不足しているんですね。

 

私はしがないライターですが、映画監督やクリエイターになりたいと思っている若者はそういう大味な経験が無いことってすごいハンデになると思うんです。いま最前線でものを作っている大人たちは、原始的なエンタメから今の高品質なものまで体感していてそれを元に創造している。しかし若い人は原始的な経験が圧倒的に少なくなってしまう環境にいるんです。自分で見ようと思わないと古典を見る機会が少ないからです。

 

昔のテレビは良かったぞ~なんて言いますが、それ捨てたもんじゃないです。そういう昭和のおおらかさみたいなものが必要か否かはさておいて、ストックになる経験がそもそも不足していては、何かと不利なんじゃないかな~と思いました。

 

ので誰か昔の好きな監督なり俳優なりを探して好きなもの見ていきたいなと思います。知っているということは無駄になりませんからね。